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旧市街の入口にそびえるのが、ベルンのシンボルのひとつ「時計塔(ツィットグロッゲ、Zytglogge)」。13世紀に市の西門として築かれ、いま

Day 6 · 2012.09.13

ベルン旧市街と大聖堂②

旧市街の入口にそびえるのが、ベルンのシンボルのひとつ「時計塔(ツィットグロッゲ、Zytglogge)」。13世紀に市の西門として築かれ、いまはからくり付きの天文時計で知られる塔だ。毎正時の少し前になると、扉の奥で雄鶏や熊、道化の人形が動き出す仕掛けが有名で、時間になると塔の下に人が集まってくる。まずはその塔を背に一枚。

朝市を抜けて、ベルンの旧市街をのんびり歩く。世界遺産にも登録されているこの一帯は、6kmも続くというアーケード(アーチ状の柱廊)と、通りのあちこちに立つカラフルな「噴水の像」で知られている。天文時計、アインシュタインの家、そして町のシンボルである大聖堂(ミュンスター)へと、見どころをたどっていく。

※写っている人物の顔は、プライバシー保護のためキャラクターに置き換えています(夫・妻それぞれ固定のキャラ)。背景・風景、および遠くに写る通行人はそのままです。

まず立ち寄ったのは、旧市街の角にある老舗の薬局「Bären Apotheke(ベーレン=熊薬局)」。「PHARMACIE BÄREN」の緑の
まず立ち寄ったのは、旧市街の角にある老舗の薬局「Bären Apotheke(ベーレン=熊薬局)」。「PHARMACIE BÄREN」の緑の文字と、天秤を抱いた蛇(薬学のシンボル)の看板。ショーウィンドウには、剥製のマーモット(アルプスの野ネズミ)や、天文時計を描いた絵はがき・本が並んでいた。妻がじっと見入っている。
旧市街でいちばん有名な噴水がこれ。「子喰い鬼の泉(Kindlifresserbrunnen)」。てっぺんの鬼が、口に子どもをくわえ、脇にも子
旧市街でいちばん有名な噴水がこれ。「子喰い鬼の泉(Kindlifresserbrunnen)」。てっぺんの鬼が、口に子どもをくわえ、脇にも子どもを抱えているという、なかなか強烈な像だ。由来には諸説あるが、子どもへの戒めだとも言われる。柱の下のほうには、甲冑を着た熊の兵隊たちの行進も彫られている。ベルンはドイツ語で「熊」を意味する町で、とにかく熊のモチーフが多い。
こちらは「ツェーリンゲンの泉(Zähringerbrunnen)」。柱の上に立つのは、なんと鎖かたびらを着こんで兜をかぶり、旗を持った熊。足
こちらは「ツェーリンゲンの泉(Zähringerbrunnen)」。柱の上に立つのは、なんと鎖かたびらを着こんで兜をかぶり、旗を持った熊。足もとには小熊もいる。台座には、ベルンの町を築いたツェーリンゲン公ベルヒトルト(Berchtold V. von Zähringen)の名が刻まれている。旗にはベルンの紋章の金のライオン。
クロイツガッセ(十字通り、Kreuzgasse)に立つ、少し趣の違う泉。像ではなく、大理石のオベリスク(方尖塔)が載っている。台座にはイルカ
クロイツガッセ(十字通り、Kreuzgasse)に立つ、少し趣の違う泉。像ではなく、大理石のオベリスク(方尖塔)が載っている。台座にはイルカと獅子の顔の装飾。まっすぐ続くアーケードの通りと、窓辺を彩る赤いゼラニウムが、いかにもベルンらしい眺めだ。
建物の角、二階の窓のあいだにちょこんと据えられた、赤い猿の像。台座には「zum Affen(猿の家)」の文字。棒を担ぎ、金の飾りをつけた、ど
建物の角、二階の窓のあいだにちょこんと据えられた、赤い猿の像。台座には「zum Affen(猿の家)」の文字。棒を担ぎ、金の飾りをつけた、どこかユーモラスな姿。旧市街を歩いていると、こういう遊び心のある装飾が次々に目に入ってきて、上を見上げてばかりになる。
旧市街の東のはずれ、アーレ川を見下ろす高台に建つニーデック教会(Nydeggkirche)。かつてこの場所には町の発祥となった城があったとい
旧市街の東のはずれ、アーレ川を見下ろす高台に建つニーデック教会(Nydeggkirche)。かつてこの場所には町の発祥となった城があったという。灰色の石造りの、どっしりとした尖塔。空は曇っていたけれど、人通りの少ない静かな一角で、のんびり記念撮影。
州庁舎の前に立つ「旗手の泉(Vennerbrunnen)」。銀色に輝く甲冑を身にまとい、片手に旗ざお、片手に剣を持った騎士の像だ。足もとには
州庁舎の前に立つ「旗手の泉(Vennerbrunnen)」。銀色に輝く甲冑を身にまとい、片手に旗ざお、片手に剣を持った騎士の像だ。足もとにはやはり小熊。台座の柱頭には、笑った男と女の顔の彫刻。背後の建物の壁には、ベルン州の旗(黄色地に黒い熊)が掲げられていた。
クラム通り(Kramgasse)沿いに、こんなサインを見つけた。あの舌を出した写真でおなじみのアインシュタインの横顔と「EINSTEIN H
クラム通り(Kramgasse)沿いに、こんなサインを見つけた。あの舌を出した写真でおなじみのアインシュタインの横顔と「EINSTEIN HAUS BERN」の文字。アインシュタインは特許局に勤めながらこのベルンに暮らし、1905年にこの家で「特殊相対性理論」を生み出した。矢印の先、その住まいが博物館として公開されている……はずだった。
ところが、玄関にはこんな貼り紙が。「Einstein-Haus — 水害のため、当面のあいだ休館します」。英・仏・西・独・伊の5か国語で書か
ところが、玄関にはこんな貼り紙が。「Einstein-Haus — 水害のため、当面のあいだ休館します」。英・仏・西・独・伊の5か国語で書かれていた。せっかく来たのに、まさかの臨時休館。こういうのも旅にはつきものだ。外から建物を眺めるだけにして、次へ向かう。
大聖堂の前の広場では、ちょうど「StadtLesen(町で読書)」というイベントが開かれていた。屋外に本棚がずらりと並び、大きなビーズクッシ
大聖堂の前の広場では、ちょうど「StadtLesen(町で読書)」というイベントが開かれていた。屋外に本棚がずらりと並び、大きなビーズクッションと赤いパラソルが置かれて、誰でも自由に本を手に取って寝転がって読める、という催しだ。妻もさっそく一冊借りて、クッションに埋もれて読書。奥にはゴシックの大聖堂の門が見える。
その大聖堂前の広場、ミュンスター広場(Münsterplatz)に立つ「モーゼの泉(Mosesbrunnen)」。十戒を刻んだ石板を抱え、指
その大聖堂前の広場、ミュンスター広場(Münsterplatz)に立つ「モーゼの泉(Mosesbrunnen)」。十戒を刻んだ石板を抱え、指でさし示すモーゼの像だ。台座には、うろこ模様と、ライオンや馬の顔の装飾。「Münsterplatz」の緑の通り名標も見える。足もとを真っ赤なゼラニウムが囲んでいた。
いよいよベルン大聖堂(Berner Münster)へ。スイスで最も高い塔(約100m)を持つ、後期ゴシックの教会だ。真下から見上げると、塔
いよいよベルン大聖堂(Berner Münster)へ。スイスで最も高い塔(約100m)を持つ、後期ゴシックの教会だ。真下から見上げると、塔はぐんと空へ伸びていて、てっぺんは修復工事中なのか幕がかかっていた。細かな装飾がびっしりで、圧倒される。
この大聖堂の一番の見どころが、正面入口の「最後の審判」を表した門。宗教改革の際、スイスの多くの教会では聖像が壊されたが、ここの門だけは奇跡的
この大聖堂の一番の見どころが、正面入口の「最後の審判」を表した門。宗教改革の際、スイスの多くの教会では聖像が壊されたが、ここの門だけは奇跡的に破壊を免れ、当時の極彩色の彫刻がそのまま残っている。中央上の半円(タンパン)には、天国へ向かう人々と、地獄へ落ちる人々が生き生きと彫り分けられている。総勢200体を超える人物像。
そのタンパンの部分をアップで。中央に立つのは、金の鎧をまとい剣をかざす大天使ミカエル。向かって左(青い側)は救われて天国へ導かれる人々、右(
そのタンパンの部分をアップで。中央に立つのは、金の鎧をまとい剣をかざす大天使ミカエル。向かって左(青い側)は救われて天国へ導かれる人々、右(赤い側)は炎の中へ引きずられていく人々……と、極楽と地獄がくっきり。500年前の彩色がこれだけ残っているのは本当に貴重だ。
門の中央、二つの扉を分ける柱の上に立つのは、天秤と剣を手にした「正義(ユスティティア)」の女神。金と青の衣が鮮やかだ。両脇には巻物を掲げる天
門の中央、二つの扉を分ける柱の上に立つのは、天秤と剣を手にした「正義(ユスティティア)」の女神。金と青の衣が鮮やかだ。両脇には巻物を掲げる天使。足もとの赤い横断幕には、この門が完成した年(1421年に礎石が置かれた)を記す古い文字が書かれている。
せっかくなので、大聖堂の塔にのぼってみることにした。狭いらせん階段を延々と登る(上まで300段以上!)。途中の展望台から見下ろすと、赤茶色の
せっかくなので、大聖堂の塔にのぼってみることにした。狭いらせん階段を延々と登る(上まで300段以上!)。途中の展望台から見下ろすと、赤茶色の瓦屋根がびっしり。中央にとんがり屋根の小塔、通りには車が並び、その向こうには緑の丘が広がっていた。
同じく塔の上から。統一感のある瓦屋根の連なりが、本当に美しい。屋根のあいだを、まっすぐなアーケードの通りが貫いている。右手前には、大聖堂自身
同じく塔の上から。統一感のある瓦屋根の連なりが、本当に美しい。屋根のあいだを、まっすぐなアーケードの通りが貫いている。右手前には、大聖堂自身の尖塔の装飾が写り込んでいる。
塔の最上部近くまで登ると、視界が一気に開けた。旧市街の屋根の海の向こうに、町を大きく蛇行するアーレ川(Aare)と橋、そして緑の丘。ベルンの
塔の最上部近くまで登ると、視界が一気に開けた。旧市街の屋根の海の向こうに、町を大きく蛇行するアーレ川(Aare)と橋、そして緑の丘。ベルンの旧市街は、この川に三方を囲まれた半島のような地形の上にできている。登った甲斐のある、みごとな眺めだった。
塔を下りて、今度は堂内へ。ベルン大聖堂はステンドグラスの美しさでも知られている。これは「死の舞踏(トーテンタンツ)」を描いた窓。骸骨の姿をし
塔を下りて、今度は堂内へ。ベルン大聖堂はステンドグラスの美しさでも知られている。これは「死の舞踏(トーテンタンツ)」を描いた窓。骸骨の姿をした「死」が、王侯貴族から庶民まで、あらゆる身分の人の手を取って連れ去っていく——という中世ヨーロッパ独特のモチーフだ。段ごとに人物が描き込まれている。
堂内の壁には、町の創設者ツェーリンゲン公ベルヒトルト5世をたたえる、豪華な記念碑があった。上部に金文字のラテン語銘、左右にベルンの熊の紋章、
堂内の壁には、町の創設者ツェーリンゲン公ベルヒトルト5世をたたえる、豪華な記念碑があった。上部に金文字のラテン語銘、左右にベルンの熊の紋章、中央には鷲やライオン、熊をあしらった彩色の紋章。1601年に作られたものだという。細部まで手の込んだ、堂々たるモニュメントだ。
内陣(祭壇まわり)を飾る、鮮やかなステンドグラス。青と金を基調に、聖書の場面が細かく描かれている。ゴシックの高い天井から、色とりどりの光が静
内陣(祭壇まわり)を飾る、鮮やかなステンドグラス。青と金を基調に、聖書の場面が細かく描かれている。ゴシックの高い天井から、色とりどりの光が静かに降りそそいでいた。
内陣の三つの高い窓を、少し引いて。左右の窓は15世紀の古いもの、中央は後の時代のものだという。手前の暗がりに置かれているのは、黒い石の洗礼盤
内陣の三つの高い窓を、少し引いて。左右の窓は15世紀の古いもの、中央は後の時代のものだという。手前の暗がりに置かれているのは、黒い石の洗礼盤。窓の下だけに灯りがともり、荘厳な雰囲気だった。
身廊のわきの窓のひとつ。深い青の地に、金色の建築装飾と聖人・聖母子の場面が描かれている。上部の丸い装飾(トレーサリー)まで、すきまなく彩られ
身廊のわきの窓のひとつ。深い青の地に、金色の建築装飾と聖人・聖母子の場面が描かれている。上部の丸い装飾(トレーサリー)まで、すきまなく彩られていた。教会によってガラスの色づかいが違い、見比べるのも楽しい。
堂内の一角にあった、白い大理石の記念碑。横たわるキリストと、その傍らでうなだれる女性の像で、1798年の戦い(フランス革命軍の侵攻)で祖国の
堂内の一角にあった、白い大理石の記念碑。横たわるキリストと、その傍らでうなだれる女性の像で、1798年の戦い(フランス革命軍の侵攻)で祖国のために倒れたベルンの兵士たちに捧げられたもの。背後の壁には、戦死者の名を刻んだ黒い銘板が並んでいた。
身廊の高いところに据えられた、立派なパイプオルガン。銀色のパイプが整然と並び、まわりを金色のバロック装飾と、白い天使の像が飾っている。天井は
身廊の高いところに据えられた、立派なパイプオルガン。銀色のパイプが整然と並び、まわりを金色のバロック装飾と、白い天使の像が飾っている。天井は網目状のゴシック・ヴォールト(リブの入った天井)。見上げると首が痛くなるほどだ。
塔の入口にあった案内板。「MÜNSTER BERN 塔(Turm/Tour/Steeple/Torre)」。図によると、塔の高さは100m。
塔の入口にあった案内板。「MÜNSTER BERN 塔(Turm/Tour/Steeple/Torre)」。図によると、塔の高さは100m。第1展望台(1. Galerie)が46m、第2展望台(2. Galerie)が64m。上まで階段が南に254段、さらに90段……と書かれている。さっき自分たちが登ったのは、まさにこの階段だったわけだ。
大聖堂をあとにして連邦議事堂の脇まで戻ってくると、木陰の広場で、地元の人たちが人の背丈ほどもある巨大なチェスに興じていた。駒はベルン州カラー
大聖堂をあとにして連邦議事堂の脇まで戻ってくると、木陰の広場で、地元の人たちが人の背丈ほどもある巨大なチェスに興じていた。駒はベルン州カラーの赤・黒・青・白。腕を組んで盤面をにらむ人、身を乗り出して次の一手を考える人……観光地なのに、こういう日常の風景に出会えるのが町歩きの楽しさだ。さて、そろそろ午後の目的地、ルツェルンへ向かうことにしよう。